どうなってんの?

超不定期更新 ※※引用転載される場合にはこちらのURLを貼っておいて下さい。よろしくお願いします。<(_ _)>

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今後の日本国家はどうあるべきか【1】西部ゼミ2012.1.1放送

元旦の夜に放送された西部邁ゼミナール、『今後の日本国家はどうあるべきか』のざっくり文字起こしです。放送後大分時間が経ちましたが、とても興味深い内容だったので折角だから文字で残したいと考えて…。

ここ数年は殆どTVを見る事もなくなったのですが、偶然番宣でこの番組に気付き、期待してオンタイムで見ていましたがあっという間の90分、第2弾を期待したいくらいの素晴らしい内容でした。お話の中に色んなヒントや答えがありますね。例えば、小泉政権の頃に良く言われた『自己責任』。あの頃は何か有ると自己責任、マスコミでも毎日何度となく繰り返し使われていましたね。急に頻繁に使われる様になって何故?って思っていました。また勝間氏の、自由化をOSに例える話も素人なりに違和感がありました。共通のOSでネットに繋げて…便利な反面、予めきちんと準備しておかないと速攻でウイルスに侵されあっという間に蔓延し、その対処に多大な時間とお金を費やしたり…。OSの制限に縛られたり、ロケールの問題、初期のバージョンが使い物にならなかったり等々、本人は上手い例えと思ったのかも知れませんが、逆にその危うさが浮き彫りとなるような…。

この番組をご覧になった方には、中野剛志さん×柴山桂太さん共著の『グローバル恐慌の真相』もお薦めです。ニコ生で放送された出版記念の対談(2011.12.22)も物凄く面白いです。このニコ生を見て思わずこの本をポチッとしたくらいです。YouTubeにもUPされていますので是非ご覧下さい。

そんな訳で若手保守論客のお三方には、今後益々のご活躍を期待します。


前説

明けましておめでとうございます。新しい年がやってきました。 昨年は東日本の大地震とか、TPPの大いなる愚行とか、大変なことが日本列島にもありましたが世界中でも、ギリシャの財政危機、アメリカの財政危機その他、大変な事態が全般的危機と呼ぶしかない状況が進んでいる様であります。

その間、知識人・ジャーナリスト・評論家その他が大失言、大愚行を繰り返してきましたが、「かくなる上は若い世代に期待するしかあるまい」という気持ちもありまして、今日は元旦でありますが元旦早々40未満の方々でありますけど中野剛志先生、柴山桂太先生、施光恒先生、お三方を招きまして果たして2012年はどんな年となるか、或いは成らせるべきであるか、といった特別番組を1時間半やりたく存じます。ご期待下さい。

西部邁ゼミナール・今後の日本はどうあるべきか



西部邁さん

昨年、大地震のことで科学とか技術なんて元々大異変が来たらぶっ壊れるものなのに、東電の責任だなんだで大騒ぎして復興策が一向に進まないとか、或いはTPPで中野先生、柴山先生が頑張ってくれているのに粛々と、何の議論も情報も無しに交渉参加決まるとかウンザリなさってると思うけど、どうしてこんな事が、こんな馬鹿騒ぎというか精神の小児病化というか、こんな事がこのご時世に起こるのか。感想を述べてもらう所からは始めましょうか。TPPでひたすら頑張っておられてお疲れの極みだと思いますが。どうですか。

西部邁ゼミナール・今後の日本はどうあるべきか
中野剛志さん

去年一年は、よく「危機的な状況」とか「いま危機にある」みたいなことを言うんですが本当に危機だった訳ですね。私は個人的にもかなり危機的な状況でしたけど昨年は。最悪でした。

西部邁ゼミナール・今後の日本はどうあるべきか

大きいのは一つは震災。子供の頃からよく聞いていた話は、「日本は危機になったら立ち上がる」、「落ちる所まで落ちたら目が覚める」とか、よくそういう事を聞いた訳ですよ。でも1000年に一度の震災が起きた訳ですが、その間もずっと10ヶ月間くらい、はっきり言って放置されていた訳です。震災が起きて危機が起きて「みんなで一致団結して東北を救おう」、「日本全体頑張ろう」。口では言ってるんですが全然やってないんですね。これだけ大きな震災があって、ちゃんと復興出来ないっていうのは、やっぱり国がもう駄目になっている証拠がついに出てしまったというのがあります。

西部邁ゼミナール・今後の日本はどうあるべきか 中野剛志さん

もう一つ上げるとすれば、歴史に思いを馳せながら言うと、2011年はなんの年かというと二つあって、一つは小村寿太郎が不平等条約を改正して丁度100周年。真珠湾攻撃から70年。ということは不平等条約を改正してまともな国にんなってからたった30年で戦争に巻き込まれてぐちゃぐちゃになる、たった30年なんですね。

私は40年生きてますが30年って歴史で長いようですけど、あっという間に日本ってそういうことになっていたんだなと思います。そうすると1911年から見て100周年、真珠湾攻撃から70年。ところが真珠湾のあるハワイで不平等条約の交渉に参加するって宣言をした訳です。そうすると100周年も70周年もボロボロででして、何か危機になると立ち上がるだの、日本の歴史を作るだ作らないだとか、全部茶番だったと。お目出度い元旦から、視聴者がムカ付く様な悲観的な話で恐縮ですけれど…。というのが率直な実感ですね。

西部邁さん

日本人は他の国民・民族から比べたらとりわけ愚かしいとか、愚鈍とも言えない。何かの原因があってかくも愚かしいことが起こっている。柴山さん、教えて下さい。

柴山桂太さん

不思議なのは「これから国家のビジョンが必要だ」とみんな言うんですよ。でも出てくるビジョンというのは基本的に「自由化しよう」っていう。本当は小泉改革があって、その反省があって民主党が出てきた訳ですよね。ところが民主党もいろいろやろうとしたのかも知れないけど、今見ると結局その、例えばTPPですよね。これは構造改革をもっと一層進め、国内ではなくグローバル、全部含めて出入り自由にしようという話ですし。

震災の復興にしても、復興というのは普通、国家が主体となって「こういう国を造るんだ」という話になると思ったら、「こうなったのは全部、官僚と電力会社の癒着が悪いからこれを自由化しよう」と。

2011年6月に出た復興法案という復興プランは、基本的には復興特区を作って被災した自治体にお金を上げるから自由にやって下さいという話にして、復興自治体はなんとかしなきゃいけないっていうんで、太陽光パネルの基地を作るとか、殆どが失敗すると私は思いますが、一種の混乱を利用した更に自由化の実験をする様な話になっていて。それのどこが国家ビジョンなのかという感じがする。

西部邁ゼミナール・今後の日本はどうあるべきか 柴山桂太さん
西部邁さん

最初は自由について話ましょうか。かつて福沢諭吉が、明治12年ですかね、その頃に彼は「自由は不自由の際で生ずる」と。際(きわ)って限界ですね。つまり不自由、抑圧、専制、そういうものがあった時に、しかも道理が通らない抑圧でその時に、「何で御前達はそこまで威張ってるんだ。押し付けるんだ」と言う時の自由ね。つまり自由が輝くのは抑圧がなきゃいけないんだと。明治12年頃にみんな常識でそういうことを分かっていたんですけどね。

僕も子供の頃に親父が嫌いで、「親父から自由になりたい」。学校の先生も嫌いでね。確かに子供の時はそんな事を思ってた時もある。でもあの時考え直しましたよ。「自分自身に自由にやらせておくと、これはとんでも無い人間かも知れない」。出鱈目至極自由にやるとか、不平不満を述べ立てるだけの自由とか。結構16,7歳で反省したものですけどね。

なんでこんな自由という言葉が金科玉条となり仰せたのか。

施光恒さん

新自由主義の影響だと思うんですが、全部の枠組、舞台、土台というものが無くなって初めて人間は一番生き生きと活動できるという、非常に単純な想定があるように思う。

この前、毎日新聞のネット記事で勝間(和代)さんという経済評論家がこういう事を仰っていた。勝間さんは基本的にTPPに賛成だそうで、何故賛成かと言えば、「アジア太平洋に於ける各国の間で共通の、コンピュータで言えば共通のOSが設定される」

OS(=オペレーションシステム)、つまり基本ソフトですね。「各国共通の基本ソフトがあれば、経済活動にしろ人々の活動にしろ一番上手く行く。だからTPPはあった方が良い、参加した方がいい」という話なんです。これは非常に単純だと思うんですね。実際には人間が生き生きと暮らす為には、それぞれの文化とか社会的土台が必要だと思うんですけど、そういうのを全部取っ払ったところで人は一番生き生きと活動出来るし経済活動も上手く行くと。そういうふうな、何も無い所で人間は一番上手く生きられるんだという想定が新自由主義の影響で広まっているのでは無いかと思う。

西部邁ゼミナール・今後の日本はどうあるべきか 施光恒さん
中野剛志さん

しかもそれは共通のOS、つまりルール等を画一化してしまおうという考え方で、国ごとに違うと市場が分断されてしまうので、画一化して同じルールにすれば、例えば国ごとに違う自動車の排ガス規制も、同じにすればどんな自動車でも沢山売れるし市場はでかくなる…という考え方なんですけど、いくつか、というか山ほど問題はありますが。

一つ言えるのは、自由が大事だと言う人達は、選択の自由が大事だと言ったり、言論の自由が大事で色んな意見を表明するのが大事だとか―― まあそれは可成り認める所がある訳ですね―― 言い換えれば多様性が大事だという訳です。ところが同じOS、ルールを一緒にしてそのルールに則ってだけしか行動出来ないといわゆる標準化、画一化、グローバリズムってそうなんですが、これは大変抑圧的でルールの自由とか多様性を束縛するんです。

西部邁さん

例えば法律的に言って女性差別、或いは幼児虐待をしちゃいけないっていうルールね。そういうのは画一的にやっていい。ところが女性差別とは何であるか、幼児虐待とは何であるか具体的に述べよと、こうなった途端に各国の文化とか習慣とか、もっと言えばその時の状況にも依る。そうなると画一的なルールはほぼ必ず抽象的な女性差別、幼児虐待になる。それを具体化しようとしたら必ず各国の事情に依る。具体的な事を画一化しようとすると何が起こるか。

結局パワーゲームの勝者が、日本に関わって言えば米国が、具体的に数字を決める訳です。例えば関税で言えば、撤廃=ゼロとかね。そういう事が分からないんですかね、この人達は。

柴山桂太さん

だんだんとその事が実は間違っていると、事実として出てきている。例えばEUの今の失敗。あれはEU内グローバリズムをやった訳ですね。元々国の文化もルールも違う。それを一緒にしてみたらあちこちで問題が出てきて、ドイツ人は真面目に働くがギリシャ人は働きたくないと。こっちはお金を稼げるけどこっちは稼げない。そこでそれぞれの代表が「お前、金をどうすんだ」って話になってくる。ルールを一緒にしようとすればする程、あちこちで争いが起こっちゃう。

結局ドイツやフランスの様に力の大きな国がギリシャに対して「黙れ!こうしろ!」となる訳です。同じ事がTPPでも起こるんです。EUのあの事情を見ていてどうしてグローバルな状況がいいとなるのか。

西部邁さん

去年かな、人に教えられてちらっと見たんですが、竹中平蔵氏が「自由貿易はアダムスミス以来、世界経済の共有されている価値観である」、これに逆らうのは不可能であるしとんでも無い事だと、そんな事を言っていた。でもこれね、相当程度嘘なんですよ。この場で細かい議論は出来ないけど、アダムスミスが考えたのはコモンウェルス(commonwealth)、英国の国益の為にどうすればいいかと考えて、英国にとっての自由貿易・自由理論…。それに踵を返す様にドイツではリストが国民経済を国家で保護・管理しないと駄目だと唱えた。

僕は経済学を35歳で辞めたのだが、それでも覚えてますよ。つまり自由貿易が貿易当事者に利益を与える条件は幾つもありますが、最大の条件の一つは、生産要素、資本とか労働が簡単に国際的に移動をしないという条件がある。でも正に資本移動、現地生産、それどころか労働者だって…。日本で採用されずに何処行ってるのと聞いたら、タイ(Thai)に行ってタイ人と同じ条件で日本企業に就職して…。

中野剛志さん

条件がタイ(tie)なんだ(笑)。あ、すみません(笑)

柴山桂太さん

竹中さんと同じ経済学者の中でも、欧米の方ではこれは拙いという話が出てきているんです。中野さんの方が詳しいでしょうけど、『底辺の競争』という議論があって…。

中野剛志さん

Race to the bottom(低水準(低賃金)へ合わせる競争)といって。底辺の競争とは国際競争力で競争するので、簡単に言うと一番賃金の低い所に合わせてみんな賃金を引き下げなきゃならない。中国に合わせて賃金を引き下げる、ところがベトナムが現れると賃金を引き下げなきゃならない、一番低い所に揃っていく。

柴山桂太さん

TPPを結んでも資本移動が自由だと、日本の企業はどんどんベトナムなどに行ってベトナムで物を作りますよね。すると日本の労働者はそのまま失業するから、日本の労働基準などをベトナムより引き下げる競争が始まるんです。

西部邁さん

TVでは、海外投資が進んで産業空洞化が進行し、海外の安い物が入ってきて国内需要が減ってデフレが進行すると騒ぎ、もう一方では自由貿易万歳と言ってる。

中野剛志さん

EU内のグローバル化を進めて失敗したのをみんな見ている。グローバル資本主義が進み過ぎてOccupy the Wall Street(ウォール街を占拠せよ)運動の大デモ行進をやっている。それが世界の流れだってみんなで見ながら、彼らが批判している先の、グローバル資本主義の延長であるTPPに「賛成しない手はない」とか、何を言ってるのか全く理解出来ない。

施光恒さん

世界の現象ではグローバル資本主義の間違いが可成り明らかになっていると一方で報じながら、自由貿易が必要だからTPPには交渉参加した方がいいと延々と報道していた訳ですからね。

西部邁さん

アジアの競争力を取り込む。と野田首相が言って皆がふーんと頷く。競争力というのは、自由と同じなんですけど言葉から子供っぽく漠たる雰囲気…、「競争力?良い事じゃないの!?」、「自由?素晴らしい事じゃないの!?」というムード?

中野剛志さん

先程西部先生が言われた様に、自由貿易が成り立つ条件には、資本移動の自由が無い事とか、或いは両国間に失業者がいない事とか色々有るんですが、連中はそうした理屈を知ってか知らずか自由貿易という言葉のイメージで言っている。

もっと言うと、自由貿易がおかしいんじゃないかと言うと、「じゃあ鎖国すればいいのか」等と反論してくる。鎖国と自由貿易の間には随分と差があるんですけど結局その程度というのが一つ。

もう一つは構造改革・新自由主義・市場に任せよという議論と同じなんですがこうなんですよ。自由貿易をせずに管理貿易をする、鎖国は出来ないにせよこの分野は守る、この分野は自由にする等々、政治で決めていくのは結構大変な事なんですよね。ところが自由貿易にすると、政治は何もやらずに適当にやって出た結果勝った者が正しい。つまり責任は負わないんです。政治が物を考え無くてよくなる。

彼らは、自由貿易にして何が良くなるかを言ってるんじゃ無くて、兎に角政策を放棄する、政治を放棄して、ほったらかしにして出た結果をみんな認めなさいと言ってるだけなんじゃないでしょうか。

施光恒さん

だから新自由主義の政策を執る政権は長続きするところがありますよね。自己責任だから政治が悪い訳じゃないと、逃げが可能になる所があるんじゃないかと思うんです。

中野剛志さん

サッチャー政権もレーガン政権も小泉政権も、新自由主義的な改革は敵を想定してぶった叩く。例えばサッチャーなら労働組合とか。ところが敵が多いと政権は長続きしない様に見えるんですが、実際にはそういう新自由主義の政権は、みんな長生きしてるんですよね。施さんが仰った様に、「自己責任って言ったじゃないか! 俺達に責任は無いんだから」とその政権の責任は問えなくなる。

西部邁さん

去年僕に教えてくれたエピソードを、みんなに披露して下さいよ。保護はよくないけど管理は良いっていう…。

柴山桂太さん

共同体って堅苦しい言葉ですけど、この場合は地域社会を支えている様な人間関係みたいなもの、そういうものが地域が発展する上で必要じゃないかと書いたら、(編集者から)「共同体って言葉はやめて貰えませんか」と言われた。じゃぁどうしましょうと聞くと「コミュニティに変えて下さい」と言う。コミュニティは共同体の英語なのに。

このあいだは一定程度の保護主義、この場合は鎖国しろという意味ではなくて貿易を管理する国家の主体性を大事にしましょうという話だったのだが、(編集者からは)「この言葉は一寸あんまり…」と言われてしまう。

西部邁さん

それで柴山さんが管理貿易って書き換えたら「管理貿易ならいいでしょう」って言われたんでしょ。これは悪い言葉、これは良い言葉と、何か言葉の仕分けがあるんですね。僕なら保護貿易より管理貿易の方がキツいと思うんですけどね。保護には色々有るけど、管理というと官僚が出てきてmanageでしょ。具体的なシステムを使って具体的な数値を挙げて…それが管理ですもんね。

中野剛志さん

生活保護も生活管理(笑)。一寸そっちの方がキツいですよね。

柴山桂太さん

環境保護じゃなくて環境管理(笑)。そっちの方が一寸(笑)

パート2に続く

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

« 前の記事  ホーム  次の記事 »

最近の記事

カテゴリ

月別アーカイブ

コメント

FC2

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。