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大衆人の議論の特徴について(藤井さん×中野さん『日本破滅論』より)

以前、麻生さんが「会議では結論を出すことが重要だ」と話していたことがあり凄く納得した覚えがあります。というのも、民主党が野党時代の7年間、党の分裂恐れて年金一元化の議論避けたり、TVカメラの前では「TPP絶対反対!消費税反対!」などと徹底抗戦の構えを見せるも、結局はお約束の様に結論を誰かに一任する民主党を見ていて凄い違和感があった所為です。

或いは、震災後に噴出した原発の議論や、朝生などもそうですが、「何か違うんじゃないの?」と思っていました。西田さんが出演した朝生の議論もそうです。要するに何かの所為で議論にならないんですね。それは一体何なのだろうと思っていたのです。長くそんな疑問を持ち続けていたところで、たまたま読んだ、藤井聡さん・中野剛志さんの共著『日本破滅論』で少し謎が解けました。

これを読みながら、朝生での西田さんと他の人達のやり取りを思い出し、「あぁなるほど、そういうことか」と勝手に納得していました。

この本はその刺激的なタイトルに反して、凄く前向きに考えさせられます。第1章の『危機論』、第3章の『物語論』などはこれからの日本がどうなっていくのか考える上で非常に重要なテーマを示していると思います。お薦めの一冊です。

以下、『大衆人の議論の特徴』について論じた第4章『政治論』、p.171~175を抜粋します。




中野さん

有権者が政治に参加するには、政治家になる以外には、二つしか手段がない。一つは一票を投じること、もう一つは議論をすることです。しかも一票を投じる前にも議論が行われる。つまり、しゃべること、議論することこそが政治のすべてなのです。

しゃべることに意味がないというのは、有権者をバカにした物言いです。橋下さんはツイッターなどで、「文句を言うならお前が市長やってみろ」と言う。しかし市長は一人しかいない。それを有権者に言ってみたらどうか。とてつもなく有権者をバカにしたセリフなんですよ。ということは、この国民はバカにされたがっているし、官僚主導の世界を欲しているんですね。

藤井さん

自分の頭の中でものを考えることをやめたがっているわけです。

中野さん

僕は官僚主導の世界なんて絶対にイヤですよ。政治主導の世界を望ましいと思っている。その代わり政治の世界とは、議論は尽きないし、何事もなかなかうまくいかない。自分の限界を感じるし、失敗ばかりするし、人には批判され誤解される。そういう面倒くさいものです。でも、それに耐えないと政治にならないんです。


大衆人の議論の特徴


大衆性テスト(簡易版)

問1 以下の1~11で、「自分に当てはまる」と思うものに○を付けてください。

1.自分を拘束するのは自分だけだと思う。
2.自分の意見が誤っている事などない、と思う。
3.私は、どんなときでも勝ち続けるのではないか、と何となく思う。
4.自分個人の「好み」が社会に反映されるべきだと思う。
5.どんなときも自分を信じて、他人の言葉などに耳を貸すべきではない、と思う。
6.「ものの道理」には、あまり興味がない。
7.物事の背景にあることには、あまり興味がない。
8.世の中の問題は、技術ですべて解決できると思う。
9.人は人、自分は自分、だと思う。
10.自分のことを、自分以外のものに委ねることは一切許されないことだと思う。
11.道徳や倫理などというものから自由に生きていたいと思う。


問2 以下の12~19で、「自分は、そう思う」と思うものに○を付けてください。

12.日本が将来なくなる可能性は、皆無ではない。
13.伝統的な事柄に対して敬意・配慮をもっている。
14.日々の日常生活は感謝すべき対象で満たされている。
15.世の中は驚きに満ちていると感じる。
16.我々には、伝統を受け継ぎ、改良を加え、伝承していく義務がある。
17.自分自身への要求が多いほうだ。
18.もしも奉仕すべき対象がなくなれば、生きている意味がなくなるのではないかと思う。
19.自分は進んで義務や困難を負う方だ。


最後に、「問1で○を付けた項目の数」と「問2で○を付けなかった項目の数」を足してください。


10個以上の方 → 大衆人
10個未満の方 → 非大衆人

※本テストは「鳥羽剛史・小松佳弘・藤井聡:大衆性尺度の構成――“大衆の反逆”に基づく大衆の心的構成分析――、心理学研究,79(5),pp.423-431,2008.」で構成された心理テストを、勘弁に回答しやすいように調整したものである。なお、上記個数は約半数が大衆人、約半数が非大衆人となるように調整されている


藤井さん

議論を否定する風潮が強くなった背景には、国民の大衆化という問題があるんです。オルテガの『大衆の反逆』には、大衆とは自己を閉塞した、極めて傲慢な存在として描かれています。この場合の大衆とは、前に述べたように庶民のことではありません。

実は大学の研究で、自己閉塞性と傲慢性の二つの性格をもっている人間と、そうでない人間、つまり大衆人と非大衆人とを分ける心理テストを作ったんです。われわれがヴァルガリティ尺度と呼ぶ、人間の精神的俗悪性を計る尺度を使ったテストです。オルテガは大衆人の特徴をいっぱい書いている。それをわかりやすい文章に直して、同意しますかと聞いたわけです。例えば、「私は常に勝ち続けると思うか」とか「私の意見を常に政府が採用すべきであると思う」といった項目ですね。

その上で、大衆人と大衆人、非大衆人と非大衆人、大衆人と非大衆人の間で、それぞれ議論をさせるという実験を行った。

われわれの仮説はこうだったんです。大衆人同士は、お互い自己を閉じて傲慢だから、他人の意見は聞かずに、自分の意見は変えないだろう。非大衆人同士では、自己がオープンで自分の限界も知っているので、違う意見になったとしても、いわゆるアウフヘーベン(※)が起こって、一つの解、ジンテーゼ(※)に向かって議論が展開していくだろう。

どうなったかというと、言語解析の結果、仮説の通りになった。まず大衆人同士は、議論の事前と事後で全く意見を変えない。一方、非大衆人同士はしゅっちゅう意見を変える。大衆人同士でも議論はいっぱいします。でも、橋下さんの議論の仕方と同じパターンで、相手の話に何かを付け加えていくのではなく、どうつぶすかに主眼があるんです。

そして残念なのが、大衆人と非大衆人を議論させた結果です。その場合、議論がかみあわなくなって、結局双方とも意見を変えなくなる。つまり、非大衆人は、他人の意見に基づいて自分の意見を変える用意があるのに、大衆人相手ではまともな議論なんて出来ず、意見を変えることも出来なくなるわけです。一方で、大衆人は相手が誰であろうが、意見を変えるようなことなどあり得ない。したがって、彼らの頭の中には、生まれてからこの方、議論とはいったいどんなものかを理解した形跡が一つもない可能性があるのです(笑)。他方で、非大衆人は善いパートナーに巡り会えばきちんとした議論をやって、時に自分の意見を変えていくことが出来るのですが、相手が大衆人なら、大衆人と同じレベルにまで議論が頽廃してしまうわけですね。いわば、大衆人が議論の場に少し混入するだけで、その議論は議論ならざる、例えば安っぽいテレビ討論みたいに単なる罵倒合戦のようなものになってしまうわけです。哀しい話です。



つまり議員を選ぶ時は、そういう人を選んじゃ駄目だってことですね。復興が進まない訳です。下手をするとパンもおにぎりも一生食べられません。これが今回の結論です。




アウフヘーベン([独]Aufheben)

日本語では「止揚」「揚棄」と訳される。

ヘーゲル弁証法における根本概念。

あるひとつの命題(テーゼ)と、それに反対・矛盾する反命題(アンチテーゼ)との二つの相反する命題を、互いに否定しつつも生かして統合し、より高次元の段階である総合命題(ジンテーゼ)を導くこと。

例1)

「焼きそばが食べたい」(テーゼ)

「パンが食べたい」(アンチテーゼ)

「それなら焼きそばパンを食べよう」(ジンテーゼ)

例2)

「おにぎりが食べたい」(テーゼ)

「ハンバーガーも食べたい」(アンチテーゼ)

「ライスバーガーを食べればいい」(ジンテーゼ)

「ポテトフライも食べたい」(アンチテーゼ)

「ライスバーガーセットを注文すればいい」(ジンテーゼ)

コメント

2012-11-23

自称非大衆人

議論の仕方について、面白い記事でした。
これを踏まえて、
『日本破滅論』やらまいかという番組での
藤井氏の討論です。
http://www.youtube.com/watch?v=NPbW6NcPDN4
全部で7本ありますが、4本目あたりから荒れます。
もしよろしければ感想を記事にでも。

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